目の前に”彼”が居る。

いつも穏やかに微笑んでいた”彼”が珍しく真面目な顔をして響の顔を見詰めていた。

その視線から目を逸らさない自分

”彼”の腕がそっと自分の腰に回される。

それに逆らわず”彼”の胸に体を預ける様にして寄り添う。

見上げればそこに”彼”の顔がある。

徐々に”彼”の顔が近付いて来る。

そして静かに瞳を閉じた。

「わーーーーーーーーーーーーっ!!」
叫び声と共に一気に体を起こす。

「はぁっはぁっ…」
普段なら寝惚けてる筈の頭と体に一気に血が巡っていく。

暫く荒い呼吸を続けてがっくりと項垂れて頭を抱える。

「なんつー…なんつー夢を…」
恥ずかしさから耳まで真っ赤になった顔を冷ます様に両手で頬を押さえた。

「はぁーぁ…初日からこんなんで大丈夫か?自分…」
自分が思う以上の浮かれ様に自己嫌悪しながらベッドから這い出る。

昨日まで降っていた雪はすっかり止んで空はカラッと晴れていた。

初日が良い天気だと何だかこれからも良い事がありそうな気がしてくる。

シャワーを浴びて数時間後に控えた初顔合わせに備える。

お腹が空いた時の為に、お弁当を作っておく。

一仕事を終えポットでお湯を沸かしてお茶を注いで啜りながらぼんやり空を見上げた。

「今日から始まるんだな…」
ふと、これまでの事が思い出される。

トップアイドルを目指して上京する事になったキッカケ

今の我那覇 響を創るキッカケになった”彼”との出会い

それはある出来事が発端だった。

響は今の様に元気が人の形をしている様な性格ではなかった。

お世辞にも活発とは言えない程、控え目で目立つ様な事は何一つ無かったしまたそう言う行為も避けていた。

趣味の編み物をコツコツと家で作り溜めて日々を過ごすのが日課で、中学を卒業して高校に入ってからもそんな性格は変わる事は無かった。

特にお洒落に興味があるわけでもなく、服はシンプルな物を好んだし髪も伸ばしたまま弄ろうと思ったことも無い。

そんな響がとある男子と付き合う事になったのは今から約9ヶ月前

その彼は高校から”家庭の事情”で新しく自分の学校に入学してきた言わば外の人だった。

本州の都会から来たと言う彼は顔も整っていて服装も地元の男子と比べるとお洒落で数少ない人数の学校では文字通り注目の的だった。

響自信も彼に少なからず惹かれていたが、自分から話す程の勇気は無かった。

会話すらしたこともない彼から急に呼び出され「付き合って欲しい」と告白されたのは高校最初の終業式の2日前の事だった。

余りにも突然で何の冗談かと思いもしたが、響も恋愛には人並みに興味もあったので承諾したのだった。

終業式までの間、「夏休み何処そこに行きたい」とかそんな何でもない話しが楽しくて仕方が無かった。

家族と同じ事を話せば何でもない話しが何倍にも楽しく感じられた。

しかし、そんな幸せは3日と持たなかった。

夏休み初日、不意に彼から電話で呼ばれ彼に会える嬉しさでいっぱいの響はわざわざシャワーを浴びて家を飛び出した。

彼の待つ公園は街灯も少なく普段からあまり人気のある方では無かったが逆に星が良く見えるので彼氏と過ごすにはロマンチックなスポットだった。

ピッタリと寄り添って同じベンチに座り、他愛もない話しをするのはただただ嬉しかった。

早い気もするがキス位なら雰囲気に流されても良いかなとさえ思った。

話しが途切れしばしの沈黙が流れた後、彼がそっと響の肩を抱いた。

不安と期待で鼓動が高鳴る。

俯いて自分の鼓動を聞いているとスッと彼の腕が視界に入った。

そしてそのまま響の胸を這う。

「えっ…ちょっと!」
抵抗する響を無視して彼の手が乱暴に胸を掴む。

「ぃたっ!やめて、やだっ!」
必死に彼を突き飛ばして響は距離を取った。

突き飛ばされた本人はさも当たり前の事を否定された様な驚いた顔をしている。

鼓動が早まる。

さっきとは違い嫌悪感の混じった鼓動だった。

「なに…するの」
響の言葉に「は?」と言う表情をして彼は嘲笑を浮かべた。

「なにって知らなくないだろ?」
何を言ってるんだと言わんばかりの表情だった。

「ここ、外だよ…?」

「別に何処でもよくね?」

「もっと、ゆっくりでも…あたし達まだ付き合って3日だし…もっと時間が経ってからでも―」

「ちっ。あー、もういいよ。重たいしめんどくせー」

「…っ!?」
彼の言葉が響の気持ちに突き刺さる。

「そーゆーのめんどくせーって言ったの、別にお前みたいな根暗最初から趣味じゃねーよ」
その言葉を聞いた途端、何かが音も無く壊れた感じがした。

「え…」

「別に女はお前だけじゃねーし、うぜえからもういいわ」
それだけを言い残して彼は響を置いて去っていった。

呆然と立ち尽くしたままフラフラと響は自宅に戻ると直ぐにシャワーを浴び直した。

体におぞましい感触が残っている。

あんな人に…

そう思うと涙が止まらなかった。

シャワーのお湯に紛れて涙が顔を零れ落ちていく。

ようやく涙が止まったのはそれから1時間も経った後だった。

眠れぬ夜を過ごした翌日、響は暑い日差しの照りつける中を歩いていた。

何がしたかった訳でもない

ただ何もしていないのは嫌だった。

それでも見知った風景は何も真新しい所は無く、終いには見知ったフェリーの船着場の近くで腰掛けてボーっと海を眺めていた。

その先にはまだ見た事も無い本州があり、その先は日本の首都がある。

最近、自分と同い年位の子達がテレビにアイドルとして出演して活躍している。

そんな華やかな世界がこの先にあるのかと思うと気が滅入って来る。

それに引き換え自分は…

はぁーっと深い溜息を着くとフェリーの汽笛が聞こえてきた。

入航するフェリーが海から向かって来ていた。

船着場に着くと帰郷してきたと思われる人達がぞろぞろと降りてくる。

そして、最後に明らかに地元の人と違った雰囲気の男性が降りてきて響の目に留まった。

ワイシャツにスラックスを着て小さなキャリーケースを引いて短くも長くも無い髪を潮風に揺らしている20代半ばの男性。

銀の下縁メガネの奥で切れ長の目を眩しそう薄く開いている。

地元の人間ですら暑く感じるこの時期の中で一人涼しげな顔をして辺りをゆっくり見回していた。

(あの人…明らかに雰囲気が違うけど…。困ってる…のかな?)

その男性は時折手にした紙に視線を落としては余った手で下唇を撫でていた。

(声…掛けてみようかな…)

そう思ったのには少なからず昨日の出来事が響いていた。

根暗

その言葉は多少自分で実感はしていたもののハッキリ言われたのは流石に堪えた。

いつかそんな自分を変えたい

そんな風に常日頃から思っても居たが実行に移せなかった。

響は小さく息を飲んで麦藁帽子を目を隠していた前髪を上げて被り直し一歩ずつ男性に近づいて行く。

(明るく、明るく…。前向きに、前向きに…)

男性に声が届く距離まで近付いて響は意を決して声を掛けた。

「おにーさん。観光の人?自分、案内したげよっか?」

男性は不意に声のした響の方を向くとほんの少し間を置いて

「おや?」
と呟く様に言った。

それが”彼”との出会いだった。

ピピピピピピピピピッ!

不意に携帯の電子音がけたたましく鳴り出す。

「っ!おっと、もうこんな時間か」
電子音に我に返ると響はアラームを止めて着替えを済ませ部屋を後にした。

ここから765プロまでは一本道を真っ直ぐ行って数百メートル。

ゆっくり歩いても予定の15分前には到着する。

「ぃよっし!頑張るゾ!」
明るい日差しを浴びて大きく伸びをして気合を入れると響は目的地へと歩き出した。

数十分後

「おゎー、すご…」
響は765プロの自社ビルを見上げていた。

ここ最近トップアイドルを量産している765プロはその勢いに乗じてここ数年で大手プロダクションとして名を馳せる様になっていた。

その名に恥じぬ自社ビルが今目の前に堂々と構えている。

「よ、よし!行こう!」
ごくりと唾を飲み込んで響は事務所の扉を叩いた。

「すみませーん!」
軽くドアをノックするも返事が無い。

「あれ?誰も居ないとか?」
見上げたドア上部に設けられたはめ殺し窓からは蛍光灯の明かりが漏れているので誰か居そうな雰囲気だった。

「あのーすみませーん!」
今度は少し強めにノックしてみると中から微かに間延びした声が聞こえてきた。

「…とりぃ!、…ニぃ?だれ…ないのぉ?むぅ〜…」
しぶしぶと言った感じで足音が近付いてくる。

「は〜い」
カチャリとドアが開く。

「あ、あの!自分、我那覇ひび―うぎゃぁっ!?」

「ん〜?」
頭を下げて挨拶をしようとした響だったが出てきた人物を見て思わず変な叫び声を上げてしまった。

「み、みみみっ…」
言葉を詰まらせた響を見た少女は相手が同い年位の女の子だと知るとパッと瞳を輝かせた。

「アハッ、初めましてってカンジ?ミキは星井 美希だよ!よろしくねっ♪」
響の前に立っていたのは昨日雑誌で確認したばかりの美希だった。

「あ、自分 我那覇 響って言います!よろしくお願いします!」
改めて挨拶をすると美希はニッコリと微笑んだ。

(うぅ…やっぱ可愛いなぁ)

流石にビジュアルクイーンとして君臨するだけの事はあると響は実感した。

屈託の無い無邪気な笑顔は同姓の響すらもドキッとさせられる魅力を持っていた。

「響って言うのかぁ。響はアイドル候補生なの?」

「ぅえっ?あ、うん。今日、プロデューサーと顔合わせで」

「もうデビューなの?ミキの時は1ヶ月も掛かったのに。まいっか♪社長室はこっちだよ」
そう言って美希はすたすたと歩き出した。

響も釣られて歩き出す。

他のドアに比べて深い装飾のドアの前に辿り着くと美希は徐にドアノブを捻った。

「入るよ〜なの」

「うわぁっ!?」
中から素っ頓狂な声が聞こえる。

「み、美希君!入ってから言うのは止めてくれと何度言えば…」

「入る前に入るよ〜って言ったよ?」

「そうじゃなくてだね、せめてノック位は…私にも心の準備と言うものが…」

「社長…ノックしなきゃいけない様なイケナイ事してるの?」

「そうではないが…」
社長と呼ばれた男性は諦めた様に深い溜息を吐いた。

「と、ところで何か用かね?」

「お客さん、だよ♪が…が?…響って言う真くんみたいな子」

「?」
美希のざっくりとした説明に響自信も疑問符が浮かんだ。

「沖縄から来ました!我那覇 響です!」
美希の隣に出て響が挨拶すると社長は「あぁ」と納得した様に頷いた。

「君が我那覇 響君かね、元気があっていいねぇ。なるほど、美希君の言う通り菊地君に似てると言え無くもない」
うんうんと嬉しそうに社長が頷く。

「でしょー!またトップアイドルが増えそうなの♪」

「え、え?」
響は一人会話に着いていけない。

「頼もしい限りだ!ところで美希君、音無君は居なかったのかね?」

「居たらミキが連れて来ないと思うな」

「ま、まぁそうだが…」

「あふぅ、じゃあミキは行くね」
小さく欠伸をして美希は社長室を後にする。

「美希君、何処に行くのかねっ!?またこの間みたいに一人でどっかに…」
心配げに声を掛ける社長の言葉を美希は振り向きもせず答える。

「”いつもの”なの」

「それならいいんだが…」
ポカンと二人のやり取りを傍観していた響に気付いて社長が慌てて声を掛ける。

「まぁ、掛けたまえ。君のプロデューサーももう直ぐ来るだろう」
響が着いたのは約束の時間の20分前だった。

社長に言われ響は直ぐ傍のソファーに腰掛けた。

「あの、社長一つ聞きたいんですけど」

「何かね?」

「自分のプロデューサーってどんな人なんですか?」
響の問いに社長は腕を組んで少し考えた。

「うーん、響君のプロデューサーはプロデューサーとしての経験は殆ど皆無だと言ってもいい」

「う、うん…」
表情を落とす響の心情を先読みして社長が続ける。

「だが落胆しなくていい、彼はプロデューサーとしては活躍した日は浅いが実績は充分にある」

「…?」

「彼は今活躍しているアイドルのプロデューサー達の元講師であり相談役でもある」

「それって…?」

「洞察力、指示能力それに人を見る目がある。リーダーシップもあり人望も厚く彼がプロデュースするなら私も安心だ」
べた褒めする社長の言葉を聞いて響は期待を隠せなかった。

だが、それと同時に一つの疑問が浮かんだ。

「ほえぇ…え、でもじゃあ何でそんな人が自分のプロデューサーに」

「人手不足が一番の原因だが…他にも理由はある。気を悪くしないで貰いたいのだが…」
言い淀む社長の言葉を響は促した。

「…うん」

「地方出身のアイドルは765プロでは初めてなのだ。それがどんなリスクになるか若しくはプラス要因になるかは未知数なのだよ」

「なるほど…」

「勿論私は成功を信じているが、そこで失敗させない為にも彼を抜擢したのだよ」

「そっか…」
社長の言葉は響には何とも複雑な言葉だった。

はなからハンデを背負っているからそれなりのプロデューサーを用意したとも聞こえるし、逆に確実な成功を見込んでの抜擢とも取れる。

「それに彼は響くんとめ―」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!リーダーさんがプロデュースするんですかぁ!?
社長が話しを遮る様に女性の声が鳴り響いた。

「どうやら来たようだね」
ドア越しにくぐもった話し声が微かに聞こえてくる。

「うわぁ…じゃあ新しいアイドルの子は大丈夫そうですねぇ」

「ははっ、それはどうなるか解りませんよ」
少しの間を置いてドアがノックされる。

(う…い、いよいよだ…。明るく、明るく!)

頭の中でそう何度も唱える。

緊張で心臓の音が聞こえてくる。

ドクッ ドクッ ドクッ ドクッ

と血液の音が聞こえている様な感覚…。

「失礼します」
カチャリとドアノブが捻られドアがゆっくりと開く。

響は男性が入ってくるや否や立ち上がって頭を下げた。

「初めましてっ!今日からよろしくお願いします!」
呆気に取られているのか響の頭の上を沈黙が流れた。

(うぎゃぁ…やっちゃったかもー!名前も言ってないし、どーしよー!?)

緊張の余り響は挨拶のタイミングを完全にフライングしていた。

真っ赤になった耳が熱くなる。

そんな響の心配を他所に優しい声が降ってきた。

「おや?」

(あ…れ?)

この声聞き覚えがある

と響が思うと同時だった。

「俺の知ってる響はこんなに改まってなかったけどな?」
クスッと男性が小さく笑い声が漏れた。

聞き間違えるはずも無かった。

別れて以来、ずっと聞き焦がれてきた声だった。

その声が今、目の前にある。

響が顔を上げた先には夢にまで見た”彼”の姿がそこにあった。

「うそ…」
銀の下縁メガネとその奥に見える切れ長の目

「ほんと」
懐かしいやり取り

「ほんと…?」
さらさらとした猫っ毛

「うん」
何時も穏やかな笑顔

沖縄で会った時のままだった。

「あはっ、あははははははっ!」
響は思わず抱きついていた。

「おっと」
”彼”は響の行動にバランスを崩し掛けたがしっかりと彼女を抱き止めた。

「約束守ったよ!ちゃんと会いに来た!会いたかったよー!」
嬉しさの余りピョンピョン飛び跳ねる響の頭を”彼”はそっと撫でてくれた。

「待ってたよ、約束こんなに早く守ってくれるとは思わなかったよ」

「えへへへっ♪」

「やはり面識があるのだね、それなら話しは早い。早速今後の打ち合わせをしたまえ!」
二人の再会を満足そうに見ていた社長が声を掛ける。

「かしこまりました」
「はーい♪」
”彼”に続いて響が社長室を出ると女性がチョコチョコと駆け寄ってきた。

「あなたが 我那覇 響ちゃん?私、事務の 音無 小鳥 です。これからよろしくお願いしますね♪」

「あ、はい!自分こそよろしくお願いします!」

「ウフフッ、元気ね♪それであっちにいるのが」
小鳥が指差した方向には美希がいた。

「あ、さっきお話ししました。美…き…え?」
響は目を疑った。

さっき話した美希はアイドルらしいキラキラした笑顔の少女だった。

が、今居る美希は椅子に胡坐をかいてだらしなく口を開いて窓の外を向いている。

日光浴を体全体で受け止め終いには頭から芽が出そうな雰囲気だった。

「あれ、ほんとに美希ちゃん…?」
響が”彼”に尋ねる。

「美希ちゃんの”いつもの”光合成だね。あーなってる時は基本的に起きないから」
小鳥が苦笑いを浮かべると皆同じ様な感覚で思っていたらしい事に響は少しほっとした。

「まぁ、あれが美希ちゃんの充電だから。所で響、お腹空かない」
急な言葉に響は一瞬戸惑った。

「え?あ、うん。お弁当作って来たんだー」

「また大量に?さーたーあんだぎー?」
”彼”の言葉に響は頬を膨らます。

「いくら自分でも何時もさーたーあんだぎー食べてるわけじゃないさ!」

「あはははっ!冗談だよ」

「もうっ!普通のおにぎりだよ。塩は沖縄のだけど…量は、多いかもね…」

「ほほぅ」
”彼”がにやりと口端を上げる。

印象的な犬歯がちらりと覗いて見えた。

「また自分でも食べ切れない量なんじゃないのかい?」
その言葉に響は言葉を詰まらせた。

「う…」

「じゃあ、俺と小鳥さんと響で1個ずつ。残りは幾つ?」

「ふ、ふたつ…」

「じゃあ余裕だ。響、美希ちゃんと仲良くなりたい?」

「んえ?そりゃ、勿論!」

「一発で仲良くなれるね!響は流石だなぁ」

「んぅ?」

「美希ちゃん誘っておいで」

「え?でもそんないきなりだし、さっき自分で起きないって言ったばかりじゃ?」

「平気平気、直ぐ起きるって」

「う〜、じゃあ言ってくるよ…」
さっきとは正反対の事を言う”彼の言う事に疑問が残ったが”彼”が言うので響は恐る恐る美希に近付いていった。

ぼへーっと日光を浴びている美希は響が近付いた所で起きる気配すらない。

呼吸に合わせて胸が上下している程度だった。

「あ、あの美希ちゃん?お昼良かったら…一緒に食べない?」
そう響が声を掛けるも美希は身じろぎ一つしない。

後ろを振り向くと小鳥と”彼”が見守っていた。

”彼”の口が大げさに動く。

オ・ニ・ギ・リ

(おにぎり?)

響は2度頷いてもう一度美希に声を掛けた。

「美希ちゃん、おにぎり作って来たんだけど…その、一緒にどうかな?」

「食べるのーーーーーーーーーーっ!」
唐突な返事に響はビクッと体を振るわせた。

「響が作ったのー!?」
美希の瞳に輝きが戻っている。

「え?あ、うん。味に自信は無いけど」

「じゃあミキ、お茶入れてくるね!」
そう言い残して美希は何処かに駆けて行ってしまった。

「えっと…」
響が後ろを振り向くとはやし立てた当の本人と小鳥が声を殺して笑っていた。

「クックックックッ…」

「り、りーだーさ…わらっちゃ。…ぷっ」

「もう!びっくりしたよー!」

「あははは、ごめんごめん」

「こんなんで仲良くなれるの?」
響は訝しげに”彼”見詰める。

「大丈夫だよ、美希ちゃんの大好物だから。響のおにぎりでも2,3個ならすぐだよ」

「ほんとかなぁ…」
お茶を淹れてきた美希が戻ると響の疑問はあっと言う間に解消された。

響の作るおにぎりは自分の拳を2個合わせた様な大きさだったにも関わらず美希は見事に平らげていた。

「おーいしーのー!」
と言ってさっさと二つ目に手をつけた時には流石に響も驚いた。

小鳥は勿論の事、自分ですら1個で充分なおにぎりを大して身体つきの変わらない美希が食べている。

むしろ足りなそうな雰囲気すらあった。

「響、おにぎり作るの上手だねぇ♪」

「そうかな?」

「絶対上手だよー!こんなにまん丸なおにぎりはミキ、見た事ないの♪」
ソフトボールを彷彿させるおにぎりを食べながら美希が言うと響は少し照れた。

「あ、ありがと♪」

「ほんと、おいしー。お塩が違うのかな?」

「あ、それはあるかも。沖縄から持ってきた塩をかけてあるんだー」

「へぇ、沖縄の塩ってなんだか味がやわらかいって言うか優しい感じがする」

「そうなんだ。自分、まだこっちの食べた事ないからわからないけど」

「じゃあ、ミキが今度作ってきてあげるよっ☆おにぎりはミキも得意なの♪今日のお礼ねっ☆」

「ほ、ほんとっ!?それすごい嬉しい!」

「アハハッ、じゃあ約束ね♪」
差し出された小指にそっと小指を絡める。

「えへへっ♪」
それから暫くしてミーティングルームにはそれぞれの仕事に戻った美希と小鳥を除いて響と”彼”だけが残った。

「楽しかったかい?」

「うん!すっごく楽しかった!」

「それは良かった」
響の嬉しそうな顔を見て”彼”も満足そうに微笑んだ。

「アイドルの子ってもっとツンツンしてるのかと思ってたけど…偏見だったみたい」

「アイドルとしての素質を取り除けばみんな普通の女の子だよ、それぞれ個性はあるけどね」

「普通の女の子…」

「そ、普通の女の子。さて、お腹も落ち着いたし仕事の話しでもしようか」

「あ、はい!」
仕事と言う言葉に響は慌てて姿勢を正した。

「あははっ、そんなに畏まらないで。こっちがやりにくいよ」

「あ、うん。わかっ…ワカリマシタ」

「無理があるから敬語も要らないよ。俺も響も同じ立場だから」
ことごとく無理してる自分を見透かされて響は唸った。

「うぅ…」

「あの時のままの響で居てほしいからね」
”彼”その言葉に響の胸がチクリと痛んだ。

「え?あ、うん!」
直ぐに何時もの笑顔を繕う。

「それじゃあ、簡単に説明するよ」
アイドルとしての活動内容やそれに伴う注意事項、主な連絡手段等の説明を響は聞きながらメモを取った。

「大体解った?」

「うん」

「OK。何か質問はあるかい?無ければ今日はお終いだけど」

「んと、仕事とは関係ないかも知れないんだけどいい?」
響の言葉に”彼”が片眉を上げる。

「言ってご覧」

「あ、の…。その何て…呼べば良いのかな…?おにーさんて訳には行かないし」
変な事を聞いてると思ったのか恥ずかしそうにする響を見て”彼”は小さく笑った。

「あははっ。俺の事は響の好きな様に呼んでくれていいよ」

「好きに…うん、わかった!」

「他には?」

「うーん…今は、解んないかな?」

「OK、じゃあ今日はこれでお終いだけど帰るかい?」

「うーん、そだね。流石に体が慣れてないし休んどくよ」

「じゃあ、送るよ」
ドアを開けた”彼”に促されて響はミーティングルームを後にした。

「送ってきますね」
小鳥に使用中の札を渡しながら”彼”が一声掛ける。

「お預かりします。いってらっしゃい。響ちゃん、またね♪」

「またねー、響♪」
美希と小鳥に手を振って響は事務所の外にでる。

”彼”の隣を歩きながら響は笑顔が絶えなかった。

再会する事

一緒に歩く事

これからいつでも顔を見れる事

どれも思い焦がれていた事なのにあっと言う間に全部が揃ってしまった嬉しさが自然と頬を緩ませた。

それに美希や小鳥と言う友達も出来た。

響の胸の中は色んな嬉しさで溢れていた。

「あ、そういえば」

「ん?」

「美希ちゃんの好物がおにぎりだって何で知ってるの?」

「そりゃあ、知ってるよ。仕事だからね、美希ちゃんのおにぎりだけじゃないよ。765プロに所属するアイドル達のは全部ね」

「ふーん…」

「まぁ、本人が好物とか趣味ってプロフィールに書いてある紙面上の物だけだけどね」

「そっか」

「んま、これからは響だけ見てれば良いから少し楽かな」
何でも無い様に言った言葉が響の胸をドクンと高鳴らせた。

(自分、だけ…)

「…えへへ」

「ん?」

「そっか…そっかそっか♪」

「んん?」

「んーん、何でもない!」
そう言いながら響は”彼”の手を取った。

「じゃあ、これからもよろしくねっ!」

(自分だけの…)

「プロデューサー!」

 SS寄り